
終戦記念日
終戦記念日を機に毎日のように戦争の悲劇を後世に伝承する記事が跡を絶ちません。見聞きして心が切なくなることがしばしばです。
毎日のように空襲警報のサイレンに防空壕に逃げ隠れしました。B-29の爆撃、艦砲射撃、グラマン、P-51の機銃掃射など怖い毎日でした。食べ盛りの年頃の私たちはお米を始めとして物資の欠乏で食べ盛りの私たちは配給に甘んじました。空き地があればそば、とうもろこし、野菜を植えて空腹を癒しました。こんな程度は困難なんて言えません。空襲で家族を失い自らが怪我をさせられ多くの方が悲惨のどん底に呉れました。2度と戦争は繰り返されないように。
14日には安倍さんが世界に向けて戦後70年の談話を決めました。誤れと韓国中国などから迫られていましたがあの言葉が本当に通じたのでしょうか?もっと丁寧な重い言葉は無かったでしょうか?薄っぺらな平坦に語られたように私は感じました。世界の反応は如何でしょうか?
15日には天皇皇后陛下の戦没者追悼式に列席され、『深い反省』と語られました。何れも戦争による国内外の被災者に対しての言葉でした。みんな夫々にどのように聴かれたでしょうか?
いま一度言います。戦争は絶対駄目です。勝っても負けても悲劇は起きます。中東のI、Sなど何故安易に殺人するのでしょう?人の命をよりも大切なものがあるのでしょうか?幼い子供の自爆など目を覆います。昔、江田島の記念館で特攻の兵士の遺書を隈なく見学しました。いとも簡単にダンボールに『一死奉公』『敵艦撃沈』など書かれたものや丁寧に両親に書かれたものなど長時間掛け丁寧に見ました。思えば小学校では将来何になるかの問いに軍人と答えるべく指導されました。少年航空兵に、海軍将校の格好よさに憧れたものでした。人間教育によって洗脳され命を簡単に捨てられるようになるでしょうか?
平和な現在にはとても考えられない当時の縮図でしょうか?国民全員が戦争に向かされた軍事色1色の不幸な時代を決して忘れてはいけません。 ひとり言